ペンギンズがいなくなって1週間。
いつもどおりの、変わりばえのしない日々が続いていた。
就職もせず家にいた頃に身についた癖のようなもので、
「毎日に変化がない」と感じたとき、いつも考えることがある。
どうして、毎日は、過ぎていくのだろう。
どうして、僕らの生きる時間は、限られているのだろう。
それは答えのない問いで、考えはいつも堂々巡りする。
しかし、最後にはいつもこう思うようにしている。
時間が流れているからこそ、
僕らは新しい一瞬一瞬を生きられる。
時間をさかのぼることは、できない。
全てが一回きりの、かけがえのないできごとなのだ。
だからなのかもしれない。
交差点で信号を待たずに済んだことが、やけに嬉しかったり、
すれ違っただけの人に、運命的な何かを感じてしまったり。
電車の窓からのぞいた夕陽が、とても綺麗に見えたり、
ただそれだけで、「明日も、また頑張ろう」なんて思えてきたり。
意図せず起きた「偶然」のできごとが、とても愛しく思えてくる。
ペンギンズは突然、僕の前から姿を消した。
1週間が経ち、はじめほど気にならなくなってきていたが、
彼らがいなくなったことを、何事もなかったかのように
忘れてしまうことは、どうしてもできなかった。
「彼らがいなくなった」という「偶然」のできごとを、もう少しのあいだ
胸の中にとどめておきたかったのだ。
彼らの旅は順調だろうか。
ときどき思い出しては、あちこちを旅しているペンギンズの姿を空想して、楽しんだ。
ペンギンズは小さくて、大人の親指ほどの身長しかない。
他の旅行者のポケットにでも忍び込めば、きっとどこへでも行ける。
彼らがするのは、ただの「ヒッチハイク」ではない。
「ポケットヒッチハイク」だ。
見知らぬ人のポケットからポケットへ、順に乗り継いで、
もし南極まで行くとしたら、どれくらい時間がかかるだろう。
たどりつくことは、できるのかな。
たどりついた場所で、何を思うだろう。
旅する目的って、一体なんだろう。
生きる目的って、なんだろう。
それを探し続けるのが旅であり、人生なんだ。
そうやって誰かが言っていたような気もする。
だけど、たとえ探しものが見つからなくても、
いつかきっと、元気に戻ってきて欲しい。
ある日、旅先のペンギンズから、僕に宛ててはじめて手紙が届いた。
消印がないので、どこからどうやって届いたのかはわからない。
気がつくとポストに入れてあった。
簡単な手紙に、写真が何枚か添えてあった。
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いま、海にいます。
お日さまが、いちばんはじめに顔を出すところです。
涼しい風と、穏やかな波の音が、
軽くなった心をさらっていきます。
海は、広くて、大きいです。
ずっとどこまでも続く水平線を見ながら、
遠くてもつながっているような、
そんな気持ちがしました。
お元気ですか?
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≪ つづく ≫


