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ペンギンズの夏の思い出
5.夕陽
- 2008-10-29 (水)
ペンギンズから4通目の手紙が届いた。
いきなり、どこかの遺跡らしき写真が出てきて面食らった。
どうやら東南アジアの方面らしい。まさかペンギンズがこんな遠くまで旅をしていたなんて。
これはペンギンズ3号だ。こいつは3匹の中でもとりわけきかなそうな顔をしていた。簡単な旅では飽き足らなかったのかもしれない。ところで、これは一体、誰の手の上に乗っているのだろう。
人が夕陽を見て懐かしく思うのは、はるか昔、人類の祖先の記憶を僕たちが受け継いでいるからだ、という話を聞いたことがある。
言われてみると、たしかに、朝日が未来を射す光だとすれば、夕陽はどちらかといえば、過去を思い起こさせる光、という気がする。
どうして、人は過去を思い出すのだろう。
「過ちを繰り返さないため」という理由は、種の生存を守ろうとする生物の本能にも適っているような気がする。
では、どうしてこんなに、胸がじんわりと温かく、泣けそうになるのだろう。
この、夕陽を見て「懐かしい」という気持ちに対しては、良い理由が見つからない。
見つからない、というより、見つけたくないのだ。
きっと、突き詰めていけば何か合理的な理由も見つかるのかもしれない。でも、「そんな理由は知りたくない」という気持ちが、どこかにある。
感動は大切にしたい。
感動を、つまらない理由で穢すような無粋はしたくない。
答えは頭からはじき出されるものではなく、いつでも胸の中にある。
そんな気がする。
4.天守閣
- 2008-10-29 (水)
ペンギンズから3通目の手紙が届いた。
写真を見ると、どこか日本の城らしい。
天守閣の背景に、太陽の強烈な光が写っている。
ペンギンズは城のてっぺんを見上げていたようだ。
急に高いところにのぼりたくなりました。
なぜそんな気になったかは、自分でもわかりません。
気がついたら、お城をのぼっていました。
途中で、何度も人に追い越されました。
でも、僕は歩くのをやめませんでした。
天守閣の上は、ただただ清々しいところでした。
やはりそうなのか。
ピラミッドの時代から、大企業の高層ビルが立ち並ぶ現代に至るまで、時の権力者たちは、いつも空にそびえるほどの高い建築物を世に残してきた。権力を象徴する建物は、その高さゆえに、ただそこに立っているだけで民衆たちを威圧した。
しかし、どれほど高い構造物を建てようと、あの太陽には届かない。あらゆる権力者が手に入れようと欲したが、決して手に入れることができないのが、あの太陽なのだ。
手に入らないとわかっているものに対して、人が憧れ続けるのはなぜだろう。
手を伸ばしても決して触れることのできない、まばゆい光。
せめて近づこうと上空高く昇っても、結局は身を焦がされるだけだ。
それでも、人はのぼる。
高く。もっと高く。
頂上から見る景色がどんなだろうか、そんなことは関係ない。
きっと、天守閣を目指して登るペンギンズは、はるか上空に浮かぶ太陽だけを見ていた。
理想。憧れ。
理由なんていらない。
ただ、目指し続ければいいじゃないか。
3.高い空
- 2008-10-02 (木)
僕は空が好きだ。
季節が、太陽が、雲が、空の色を変え、ひとつとして同じ表情がないからだ。
最高に嬉しいことがあったとき、泣きそうなほど悲しいことがあったとき、
いつも、空を眺めては「この瞬間を忘れないように」と思い、
そのときの気持ちを、空の色ごと記憶に写し撮ろうとする。
いちばん心に残っているのは、学生の頃に見た、曇り空だ。
その日の昼は講義に出ず、学校の近所をあてもなくぶらついていた。
湿った風が強い日で、ぐんぐんと流れていく雲を見ていると、
身体の平衡感覚が失われ、その場に倒れそうになった。
公園のベンチに腰を降ろすと、ちょうど小雨が降り出した。
ひんやりと肌寒く、あたりに人はいなかった。木々が大きく揺れてざわつき、
まるで、ポツンと座っている自分のことを噂しているように聞こえた。
僕はビニール傘を差して、そのまましばらく空を眺め続けた。
「あの灰色の雲はどこまで流れていくのだろうか。
どこまで流れれば、雲は途切れて、青空がのぞくのだろう」
いまだに、風の強い日、曇り空を見ると、ときどき思い出す。
当時の僕は、自分が救われたいと願うばかりで、
少しも人の気持ちを考えることをしなかった。
自分が傷つかないために、平気で人を傷つけていた。
日に日に変わりゆく状況に気づかずにいた僕は、
結局、最後まで自分を変えることができなかった。
あれから、僕も少しは大人になっただろうか。
空の景色が移り変わるように、人の気持ちも移りゆくのに、
記憶の中に写し撮られた僕の曇り空は、
なかなかその色を変えることができなかった。
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僕は今、部屋で椅子にもたれている。
もう、だいぶ自分を俯瞰して見ることができるようになったし、
曇り空を見ても、以前ほど心を悩ませることはなくなった。
思い出の形は曖昧で、遠くから手にとろうとするが、
いつも、全てをすくい上げることができない。
何度も手を伸ばすたびに、指の隙間からこぼれ落ち、
落ちて混じり合った破片が、今の自分を作っている。
目を閉じると、浮かんでは消えていく空の情景の一つひとつが、
今はとても懐かしく思える。
ふと、窓の外を見た。
高い、高い、秋の空だった。
ポストの閉まる音が聞こえ、ペンギンズから2通目の手紙が届いた。
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いま、高原にいます。
おだやかな空に浮かんだ色んな雲が、
地面に大きな影をつくっています。
とてもおいしそうだったので、
雲にさわろうと背伸びをしたら、
トンボが指先にとまりました。
羽から透けて見える青色に、
しばらく見とれてしまいました。
お元気ですか?
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≪ つづく ≫
2.海
- 2008-09-10 (水)
ペンギンズがいなくなって1週間。
いつもどおりの、変わりばえのしない日々が続いていた。
就職もせず家にいた頃に身についた癖のようなもので、
「毎日に変化がない」と感じたとき、いつも考えることがある。
どうして、毎日は、過ぎていくのだろう。
どうして、僕らの生きる時間は、限られているのだろう。
それは答えのない問いで、考えはいつも堂々巡りする。
しかし、最後にはいつもこう思うようにしている。
時間が流れているからこそ、
僕らは新しい一瞬一瞬を生きられる。
時間をさかのぼることは、できない。
全てが一回きりの、かけがえのないできごとなのだ。
だからなのかもしれない。
交差点で信号を待たずに済んだことが、やけに嬉しかったり、
すれ違っただけの人に、運命的な何かを感じてしまったり。
電車の窓からのぞいた夕陽が、とても綺麗に見えたり、
ただそれだけで、「明日も、また頑張ろう」なんて思えてきたり。
意図せず起きた「偶然」のできごとが、とても愛しく思えてくる。
ペンギンズは突然、僕の前から姿を消した。
1週間が経ち、はじめほど気にならなくなってきていたが、
彼らがいなくなったことを、何事もなかったかのように
忘れてしまうことは、どうしてもできなかった。
「彼らがいなくなった」という「偶然」のできごとを、もう少しのあいだ
胸の中にとどめておきたかったのだ。
彼らの旅は順調だろうか。
ときどき思い出しては、あちこちを旅しているペンギンズの姿を空想して、楽しんだ。
ペンギンズは小さくて、大人の親指ほどの身長しかない。
他の旅行者のポケットにでも忍び込めば、きっとどこへでも行ける。
彼らがするのは、ただの「ヒッチハイク」ではない。
「ポケットヒッチハイク」だ。
見知らぬ人のポケットからポケットへ、順に乗り継いで、
もし南極まで行くとしたら、どれくらい時間がかかるだろう。
たどりつくことは、できるのかな。
たどりついた場所で、何を思うだろう。
旅する目的って、一体なんだろう。
生きる目的って、なんだろう。
それを探し続けるのが旅であり、人生なんだ。
そうやって誰かが言っていたような気もする。
だけど、たとえ探しものが見つからなくても、
いつかきっと、元気に戻ってきて欲しい。
ある日、旅先のペンギンズから、僕に宛ててはじめて手紙が届いた。
消印がないので、どこからどうやって届いたのかはわからない。
気がつくとポストに入れてあった。
簡単な手紙に、写真が何枚か添えてあった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
いま、海にいます。
お日さまが、いちばんはじめに顔を出すところです。
涼しい風と、穏やかな波の音が、
軽くなった心をさらっていきます。
海は、広くて、大きいです。
ずっとどこまでも続く水平線を見ながら、
遠くてもつながっているような、
そんな気持ちがしました。
お元気ですか?
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
≪ つづく ≫
1.消えたペンギンズの謎
- 2008-08-24 (日)
こんなことって、信じられるだろうか。
ある日、家に帰ると、机の上に並んでいたはずの「ペンギンズ」たちがいないのだ。
「ペンギンズ」とは、1年ほど前に親戚の男の子がくれたペンギンの置物のことである。
全部で3つあるので、そのように複数形で呼んでいた。
ひとつひとつには名前をつけていなかった。
強いて言うならば、左から順に「1号」「2号」「3号」である。
個々の名前はなかったが、それなりには気に入っていた。
あちこちのディテールの歪みが、いかにも「子供の手作り」という感じで、良い味をしていたのだ。
しかし、僕もいい歳なので、ひとつひとつに名前をつけて遊ぶような柄ではないと思い、
僕なりに最大限の親愛を込めて、彼らをまとめて「ペンギンズ」と呼んでいた。
そのペンギンズたちが、帰宅するといなくなっていた。
盗難にでもあったのだろうか。
ざっと見回したが、部屋の中は出かける前と変わった様子はない。
ひとまずは座ってゆっくりしようと思い、デスクの椅子を引くと、
見覚えのない紙きれが1枚、おいてあった。
紙切れにはサインペンで一言、このように書いてあった。
「ぼくたちは旅にでます」
「きっと、ペンギンズが僕に宛てて書き残した置き手紙だ」
僕はまっ先にそう思った。
しかし、まさか、ペンギンの置物がひとりでに動いて手紙を書くなんて考えられない。
ペンギンズを盗み出した犯人がいたずらしたのだろうか。
立ち去るときに、ほんの少し遊び心をきかせたくなったのかもしれない。
メモの筆跡も、ばれないよう意図的にくずしてあるように見える。
そして、誰かがこの部屋に侵入したのであれば、
ペンギンズ以外の物も一緒に盗まれた可能性が高い。
僕は心配になり、そこらじゅうの引き出しを開けてまわった。
しかし、どれほど探しても、一向に不審な点は見当たらなかった。
机の上にいたペンギンズたちだけが、消えるようにいなくなっていた。
ペンギンの置物のほか、何も盗まない泥棒なんているのだろうか。
それとも、初めからペンギンズだけを狙って忍び込んだのだろうか。
だとすると、犯人はペンギングッズのコレクターなのかもしれない。
既製品には飽きて、お店で売っていないものに目をつけたのだろう。
しかし、もしそうだとしても、僕がいとこからペンギンの置物をもらったなんて、
どうしてわかったのだろう。
結論のつかないことを一人でぐるぐると考えていたら、
頭がぼうっと疲れてきた。
ふと、書き残してあったメモを手にとった。
「ぼくたちは旅にでます」
何度見ても、それだけしか書かれていない。
裏返してみても、何もない。
メモを眺めているうちに、僕はだんだんこう思うようになった。
「メモのとおり、きっと、旅に出たのだろう」
「旅にでます」と書いてあるのだ。そのとおりに受けとればいいではないか。
たしかに、何者かが忍び込んでペンギンズを持っていった可能性は高い。
しかし、仮に何者かの仕業であったとしても、
その犯人を追及することに一体、どれほどの意味があるだろう。
何しろ、ペンギンの置物がなくなった以外、実害はないのだ。
知らぬうちに忍び込まれた、という防犯上の不安はあるものの、
いちど入った家に、リスクを負いながらもういちど侵入する泥棒がいるとは思えない。
「そうだ。きっとペンギンズは旅に出たのだ」
そう考えた方が絶対に楽しい。
「誰がやったのか」なんて、その気になればすぐに調べられることだ。
もし本当に旅に出たのなら、僕にできることは、
彼らが無事に帰ってくるのをただ、待つことだけだ。
そう思うとなんとなく気持ちがほっとして、
知らぬうちに眠ってしまっていた。
≪ つづく ≫
0.プロローグ
- 2008-08-21 (木)














